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それで、歩いて帰ろう、と思ったんだった。
東口と西口とで迷ったけれど東口出たところに見えるのがたぶん団地でその横を歩くのはなんだかなあと西口を選ぶ。線路に沿って行けばいいんでしょうつまりは。どちらを選んだって。
西口を出たところには民家が群れをなしている。二階建てで赤い屋根、だいたい同じようなつくりの民家民家民家。明るい夕暮れの中かたく閉ざされたカーテンたち。の、あいだを歩いて行く。右のほうに線路の存在を感じている。
右のほうに線路の存在を感じる安心感。
安心感のおかげで私は目をつむってだって歩ける。右のほうにあるだろう線路、どの方向にもわらわらとしている民家、か、カーテン、ん。
「ん」、だ。
終わっています。でも私は「ん」で始まることばを知らないでもないんです。ああでもそれってルールに反するんではないかとも思います。あと、目を開けずに歩くのはとても危ない。横を歩いている女の子にもそう言われて、そうだね、目を開ける。
下を向いていたことには気づいていなかった。
道はどうしようもなくキラキラしている。雨上がりだもの。顔をあげる。目の前に輝く白色は雨じゃなくって、雨は上がったんだもの、観覧車だ。私たちは白い観覧車を見上げている。女の子は赤いランドセルからスケッチブックを取り出して、さあ描くよと意気込む。
でもだめだ。民家と私たちは平気なんです。でも観覧車は、位置が高いから大丈夫じゃない。ときどき吹く強い風に耐えきれず、人の入ってる白くて丸い箱がくるくるする。なかの人も微妙な半笑いでくるくるとするんです。女の子は色鉛筆を右手に持って、左手でスケッチブックを支えて、全部白っていうのはいけないよね、描けんもんねまったく、と言います。私は女の子に向かって、おまえはほんとうにだめだ、と思う。
夕焼けで空が赤い、地面には赤い民家がはびこる。そのあいだにちょうどまるく白い観覧車だから逆ひのまるですね。ああ、だからほんとうにだめだ。
観覧車の中でくるくるを続ける人びとのことを考える。みんな微笑んでいる。死んでしまうと思った。どうしようと女の子に訊いたけれど、女の子は答えなかった。絵を描くことに夢中なんです。私が先生に言わなければと気づく。だって、そうでしょう。みんなカーテンをぴっちりと閉ざし、女の子はきこえない振りをする。
私は山道を走り出す。道は濡れて真っ黒だった。振り返ると遠くに線路が見えた。遠くに、のところで疲れて座り込む。すると耳元で友だちの声がして、そろそろ洗濯するから着替えてよと言う。
家に帰ろう、と思いました。
窓をごらん。すがるように糸をひいて、雨、散っていく! 雨、散っていく!
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